高知家IT・コンテンツネットワーク インタビュー

武市 智行 氏(第3回)

高知家IT・コンテンツネットワークでは、高知県にゆかりのあるIT・コンテンツの分野で活躍する人たちへのインタビューを行ってまいります。第1弾は、高知県コンテンツ産業振興アドバイザーで、株式会社スクウェア(現スクウェア・エニックス・ホールディングス)をはじめ、多くのベンチャー企業の成長を支えてこられている武市智行氏にお話を伺いました。

第3回は、高知県人の気質や高知を活性化させたいという想いについてのお話をご紹介します。

武市 智行 氏(高知県コンテンツ産業振興アドバイザー)

 

高知県出身。株式会社スクウェア(現スクウェア・エニックス・ホールディングス)代表取締役社長、株式会社AQインタラクティブ(現マーベラス)代表取締役社長、社団法人コンピュータエンターテインメントソフトウェア協会(CESA)副会長、社団法人日本レコード協会監事などを歴任し、現在も高知で創業した株式会社SHIFT PLUS取締役会長、株式会社アルファコード取締役、株式会社Aiming社外取締役、株式会社GameWith社外取締役などを務めている。

また、2010年に高知県産業振興スーパーバイザーに就任し、現在は高知県コンテンツ産業振興アドバイザーとして高知県の産業振興に尽力されている。

高知県人はクリエイター気質

 驚きと感動を生むコンテンツを生み続けられる環境を、マネジメントの手腕で実現させてきた武市氏。高知での高校時代、東京へ進学をした学生時代、そして高知に戻って四国銀行に就職するまでの間に、その後の武市氏の活躍のルーツはあるのだろうか。また、高知県人としての気質に、ベンチャーの世界で活きるものがあるとしたら、それはどのようなものだろうか。

 

―― 学生時代はどんな学生だったのでしょうか。

 今でこそ「夢」や「将来の目標」の重要性を若い人たちに話していますが、自分の学生時代は、具体的な夢もなく、高校時代はバスケットボールに夢中でした。ここで、チームワークやあきらめないことを学びました。

 

 体育館と家の往復が中心で、たまの休みは、夏であれば海や川に泳ぎに行ったりするぐらいです。高校に所属しているというよりは、バスケットボール部に所属をしているという感覚でした。

 

 大学時代は、社会を肌で感じるためにバイトは結構やりました。やりたいことを実現するためには、人間関係やコミュニケーションが重要であることを、ここで学びました。また、大学では計量経済学を通じて、情報の重要性を学び、マーケティングに非常に興味を持ちました。この頃は、将来については「何とかなる!」くらいにしか思っていませんでした。

 

―― 大学で関東に出て四国銀行に入行されていますが、高知に戻るという決断をした理由を教えてください。

 

 大学4年生のとき、父が病気で倒れました。このとき、人にあまり頼みごとをしない父親に「高知に帰ってきて地元の企業に就職してほしい」と言われ、その頼みを聞いた形で四国銀行に就職することにしました。

 

―― 東京で活躍したいという想いはなかったのでしょうか。

 

 大学では、計量経済学やマーケティングに関心があって、その力を活かせる企業に就職をしたいと思っていました。付加価値が高いビジネスをしていて広告宣伝費が使える企業や広告代理店などに入り、自分がやりたいことができたらいいなと考えていました。なので、地元に帰って銀行に入るということを周りに話をしたら、みんな驚いていました。

 

――武市さんご自身は、「自分がやりたいのはこれだ!」というのを見定めるお力があるように思いますが、ご自身ではどのように感じていますか。

 

 高校生の頃にバスケットボール一筋だったことや、大学時代に計量経済学に没頭したり、銀行でもベンチャー支援を手掛けたりしたことも含め、好きなことを徹底的にやるというのが、多分、自分の性格だと思います。

 

――スクウェアには植松伸夫氏、野村哲也氏など高知出身の方が在籍され活躍されていますが、その理由などがあれば教えてください。

 

 理由などなく、偶然です。植松さんはスクウェア設立当時からいましたし、野村さんはスーパーファミコン時代に新卒のデザイナーを採用した1991年に、その1期生として入社してもらいました。

 

 野村さんが新卒で入った当時は、ゲームという産業は社会的にはまだまだ認知が低く、学校を卒業してゲーム会社に入るという選択肢は主流ではありませんでした。新卒で入ってきたのは、イラストレーターや漫画家、アニメーションの業界を志望していた人たちでしたが、もちろんゲームが大好きな人たちでした。野村さんは、高知県で開催されている「まんが甲子園」で有名な高知県立岡豊高等学校の出身で、ご自身も学生時代にキャラクターやイラストを描かれていたと聞いています。

 

 高知県人は、好きなことをやることに長けていると思います。好きなことをやり続けるには、人と同じではダメで、アイデアや差別化すべきポイントが必要です。続けてこられた人たちには、好きなものに対して、何か工夫をして、人を驚かしてやろう、楽しませてやろうという気持ちがあるんだと思います。

 

 高知という場所は、アイデアを出すこと、人に感動や驚きを与えることなどを得意とした人が多いように感じます。クリエイターの気質を持っているんだと思います。

夢とやりがいでビジネスの種を蒔く

クリエイター気質を持った人が多く、行政もITやコンテンツ関連の産業振興に力を入れている高知県。高知県でIT・コンテンツ関連の産業が発展し、若者が活躍する未来のために、武市氏が抱く思いと戦略は、どのようなものなのか。

 

――高知県のコンテンツ産業振興アドバイザーに就任され、地元、高知県の活性化のために尽力されていますが、具体的にどんな活動をされているのでしょうか。また、どんな思いを持って活動をされているのでしょうか。

 

 自分が、いざ父親に高知に帰って来いと言われたときに、収入の安定なども考え、四国銀行を選びました。でもその時、「銀行に夢ややりがいがあるのか?」と感じた気持ちは正直、ありました。

 

 一方で、大学進学で高知を出た同級生たちは、多くが帰って来ない。3分の2くらいは常に流出をしてしまっている。いくら高知が好きでも、高知で夢ややりがいを求めて就職する場所がないと、若者がどんどん県外に流出していく。その結果、ますます高齢化は進み、経済的にも衰退していく。この問題を解決していかないと、高知は活性化できない。

 

 若い人たちが県外に行かないで、県民総生産向上につながる仕事を徹底的にできるような環境を創る。若い人が活躍できるような、夢とやりがいが持てる仕事をつくるには、どうすればいいか。田舎であっても地理的なハンディキャップのない、コンテンツ産業やIT産業が育っていったら、それらの問題を解決できるのではないかと思い、アドバイザーとしての活動を引き受けました。

 

 しかし、「まんが王国土佐」といえども、ビジネスの種がないと、コンテンツがあるだけでは仕事は生まれません。まんがであれば、ビジネスの川上をつかむには出版社が必要だけど、高知にまんがの出版社ができる必然性をあまり感じませんでした。

 

 2010年に県にまんが・コンテンツ課ができた頃、ソーシャルゲームが全盛を迎え、GREEやモバゲーのプラットフォームがオープン化された時期が重なったので、ソーシャルゲーム企画コンテストを行ったりしました。しかしその後、モバイルの流れが、ネイティブアプリに代わっていったので、自力で起こしていくことの難しさを感じました。

 

 いまは、たとえ高知にビジネスの種がなかったとしても、地理的にハンデのない産業の中で、夢や将来性のあるビジネスを高知に定着させるために、首都圏の人たちの力をお借りして、ビジネスの種を蒔き、育てるための活動をしています。

 

 最近は、高知や地方の活性化に貢献したいと思ってくださる方々を探し、「くどく」ということに最も力を入れています。彼らに高知に進出していただき、高知の若者を雇用してもらうことで、付加価値の高い夢ややりがいのあるビジネスを高知に定着させるお手伝いをしています。

 

―― ITのビジネスは、パソコン・インターネット・人の3つがそろえば、地方でもできるという声を全国各地で聞きます。しかし、パソコンやインターネットは地方でもそろいますが、肝心なチャンレジできる人がいない。これがどの地域でも課題になっています。高知ではどのように取り組めばよいでしょうか。

 

 チャレンジできる環境や仕事があれば、人は集まります。地元企業や地元の大学生、専門学校生が起業をするのも選択肢の一つなので、チャレンジを促して徹底的にやります。高知県コンテンツビジネス起業研究会を開催しながら、ビジネスプランがあれば応援をしています。ただ、それだけではスピードも規模も追いつかない。首都圏で賛同してくれる人たちの力を借りて、ビジネスの種を育てて、将来性のある産業をつくっていきたいと思います。

 

―― ITやコンテンツのビジネスを育てていくためには、エンジニアやクリエイターとなる人材の集積が言われがちですが、武市さんのようにベンチャーと銀行という真逆のカルチャーをもった者同士をつなげていく役割も必要だと思います。

 

 私自身は、間接金融がそぐわない産業こそ、金融が必要だという想いがあったので、スクウェアにいた感覚の延長で、ベンチャーを支援することが役割だと感じるようになりました。エンジニアやクリエイターが足りない一方で、マネジメント層の人材も足りていない。最近は、銀行からベンチャーに入る20代、30代前半の人も多いです。なので、マネジメント層の人たちも含め、夢ややりがいのある人たちに高知でチャレンジをしてほしいです。

高知発祥のよさこい祭りで使われる鳴子を持って頂きました!

―― 高知県の活性化のための今後の展望があれば教えてください。

 

 既に数社に高知に進出していただいていますが、さらに数社が進出を検討してくれています。来年には10社を超えると思いますが、高知に進出してくれた企業たちが、高知で連携し、さらに付加価値向上やビジネスの幅を広げていけたらよいと思っています。

 

 こういった動きから高知の活性化が進むことで、ほかの地方も「高知のように!」となり、活性化が進み、その上で連携できるようになれば最高ですね。

 

―― 高知で立地したい、高知の企業と事業連携したいという方にメッセージをお願いします。

 

 高知では夢ややりがいのある企業を対象に、あらゆる助成制度を用意しています。また、起業、チャレンジを応援するマインドを持っています。ぜひとも、高知で一緒にビジネスの種を蒔き、育て、刈り取り、さらに大きな種を蒔いていきたいという「想い」を共有してくださる方に高知に来ていただきたい、戻って来ていただきたいと思います。

 

 高知には若くて優秀な若者がいます。また、夢ややりがいのある企業や仕事があれば、現在県外で働いている高知出身の優秀な人たちにも帰ってきていただけると思います。

 

エンジニアやクリエイターのほか、マネジメントも含め、優秀な人材を集め、育てていき、企業間の連携で世界にビジネスを拡げていくことで、地域課題の多い高知県を一緒に活性化しませんか。行動に移すときに全面的にサポートできるのも高知県です。

 

 ぜひ高知で夢をともに実現しましょう!!

 

―― ありがとうございました。

(聞き手 原 亮/エイチタス株式会社 代表取締役)

©2017 KICNETWORK.